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古典の素養をベースに、新しい挑戦を続けた下村観山

「横浜[出前]美術館」 ―金沢区編―

現在、大規模改修工事のため長期休館中の横浜美術館。
お休みのあいだ、横浜美術館の学芸員やエデュケーター(教育普及担当)が美術館をとびだして、レクチャーや創作体験などを市内各地におとどけする「横浜[出前]美術館」!

第7弾は、金沢区の長浜ホールに、学芸員によるレクチャー「横浜を代表する日本画家 下村観山の生涯と作品」をお届け!その様子をレポートします。
そのほか、18区の魅力を発見する「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」、18区ゆかりの所蔵作品や作家をご紹介する「横浜美術館コレクション×18区」の特集もお楽しみください。

古典も西洋絵画も吸収し、新しい日本画へ

講座名:「横浜を代表する日本画家 下村観山の生涯と作品」
開催日時:2022年3月19日(土) 14時30分~16時
開催場所:長浜ホール
講師:日比野民蓉(横浜美術館学芸員)
参加人数:34名

今回、会場となったのは、金沢区にある長浜ホール。
世界的な細菌学者・野口英世博士の功績を記念して設立された「長浜野口記念公園」内にあり、横浜検疫所長浜措置場のシンボルだった旧事務棟の外観を復元した、趣のある建物です。ホールは室内楽やピアノ、コーラスなど小規模なコンサートや文化活動に利用できるほか、音楽練習室、会議室、多目的ルームも備えています。

隣接する「旧細菌検査室」は、1895(明治28)年に建設された長浜検疫所の建物群のひとつで、野口英世は1899(明治32)年5〜9月の5カ月間、ここに勤務していました。現在の建物は関東大震災で倒壊した翌年に再建されたものですが、館内は一般に公開され、実験に使われた機器などの展示を自由に見学することができます。

講座では、明治から昭和にかけて日本絵画の近代化に多大な足跡を残し、後半生は横浜に居を構えて活動した、下村観山の生涯を辿りながら作品を紹介しました。

1.狩野派の修行時代

和歌山県で能楽師の家に生まれた観山は、幼少期から狩野派の絵師に手ほどきを受けました。のちに上京して狩野芳崖、橋本雅邦に師事。優れた古美術を模写するなど狩野派の正確な筆法や画面構成を学び、東京美術学校(現・東京藝術大学)に第1期生として入学します。

2.東京美術学校から初期日本美術院

すでに狩野派の力強い筆捌きを習得していた観山は、東京美術学校で流麗・緻密・優雅な大和絵の技法を学び、両者を描き分けることができるまでに成長します。
渾身の卒業制作といえる《熊野観花》は、狩野派と大和絵の融合がみられるだけでなく、遠近感を意識した画面構成から、観山が西洋絵画の勉強も行っていたことが伺えます。
卒業後は同校の助教授として後進の指導にあたりますが、師である岡倉天心が校長を辞職する際に行動を共にし、横山大観、菱田春草らとともに日本美術院を創設。第1回日本美術院展に《闍維》を出品します。釈迦入滅を描いたいわゆる涅槃図は多いものの、この作品は火葬の場面を描いているのが非常にめずらしいといえます。立体感のある人物描写や空間の広がりに西洋絵画からの学びがみられ、学校での研鑽と「日本美術院の中で新しい絵画を創っていこう」という気概が感じられます。

3.ヨーロッパ留学と文展

明治36年、観山は文部省留学生としてヨーロッパへ渡ります。この当時、国内では白黒写真でしか西洋絵画に触れることができなかったため、現地を訪れた観山は色彩を学ぶことに重点を置きました。油彩で描かれたジョン・エヴァレット・ミレイ《ナイト・エラント(遍歴の騎士)》、ラファエロ《子椅子の聖母》などを水彩で写し取り、西洋絵画に劣らない描写力で再現。模写を通して緻密な画面構成や色彩を学びました。
約2年半の留学を終えて帰国すると、茨城県五浦に居を移していた天心に従い、自らも五浦に落ち着きます。
明治40年、第1回文部省美術展覧会(文展)に出品した《木の間の秋》には、奥行きのある画面構成や色彩など、留学の成果が反映されています。能楽師の家に生まれた観山は古典に造詣が深く、《大原御幸》《小倉山》など古典に取材した大作を多く描きました。
第4回文展に出品した《魔障図》は、観山唯一といわれる白描画の大作ですが、一部に胡粉や金泥が施され、見るものを飽きさせない筆遣いが高い評価を得ています。

4.再興日本美術院

大正2年、観山は天心の紹介で原三溪の知己を得て横浜本牧の和田山に移り住み、以後、生涯にわたり三溪の支援を受けます。
同年9月、岡倉天心が逝去。門下生は一丸となって日本美術院の再興に尽力し、第1回再興院展を開催しました。観山が出展した《白狐》は、西洋画の学習成果を引き継ぎつつ、片側は余白を大きくとって外へ続く空間を想像させる画面構成が素晴らしく、第2回に出展した《弱法師》と並ぶ代表作です。同時に、天心が亡くなる前年に著した戯曲に取材した作品には、師を悼む心が感じられます。

下村観山マニアック情報!

第4回文展に出展した《魔障図》は、本画(完成作)以外に、大下図3点と試作が残されていることが確認されています。これらは、完成までに観山が試行錯誤を繰り返したことがわかる貴重なもの。観山の古典研究に注がれる視線がギュッと詰まっているので、ちょっとマニアックな視点から読み解いてみましょう。

研究の発端は、新たに発見された大下図が横浜美術館に寄贈されたことでした。あとの2点は、永青文庫、和歌山県立近代美術館がそれぞれ所蔵しています。
3点を比較してみると、中央で相対する修行僧と如来の姿が少しずつ異なることに気づきます。周囲に描かれた女性やネズミ、魔物などの配置、表現などと合わせて検証することで、描かれた順番をほぼ特定することができました。
一方、観山は古典の素養があったため、《魔障図》に関しても何かしら古典に取材したアイデアが盛り込まれていることが想像されます。例えば、ユーモラスな魔物の表現から思い浮かぶのが「鳥獣人物戯画」。調べてみると、サルの僧とカエルの如来が対峙する場面に《魔障図》との共通点がみられます。全体構成には《弘法大師行状絵詞》に着想を得ていることがうかがわれます。また、観山がほぼ同時期に制作していた《大原御幸》に、ほぼ同じ構造の建物が描かれているのも興味深いことです。さらに、講師の私見によると《大原御幸》で描かれた後白河法皇と《魔障図》に描かれた如来に化けた魔物(?)が実は観山の中でオーバーラップしていたのではないかと気になっています。そもそも、下図の中央に描かれていたのは魔物なのか尊格なのか。まだまだ謎の多い、興味の深い作品です。ご関心のある方は、横浜美術館研究紀要の小論をご覧ください。

観山の下図をマニアックにみていくと、古典研究の成果や能楽の素養などが複合的に掛け合わされ、作品に仕立て上げられていることが見えてきます。
最後に、横浜美術館では観山の蔵印が入った25冊のバインダーを所蔵しています。西洋の有名な絵画、彫刻、建築などの白黒写真約1,300枚がファイリングされているのですが、本当に観山の持ち物だったのか、いつの時代に、どのように使用していたのかは、まだ明らかになっていません。謎の多い資料なので、これからも調査研究を続けていきたいと思っています。

*新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、ガイドラインを遵守した対策を講じた上で実施しています。

▶︎「横浜[出前]美術館」開催予定の講座はこちら

18区の魅力発見! 講座参加者の皆さんにきいた「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」

横浜のことを知っているのは、よく訪れたり、住んでいる方々!
講座参加者の皆さんの声から金沢区の魅力をご紹介します。

歴史が身近に感じられる、自然豊かな文化のまち。

●三浦半島や湘南の町や海、山に近い(金沢区在住、70代)
●歴史があり鎌倉時代からの神社仏閣が多く、海や古道などの自然も美しい(戸塚区在住、50代)
●都会らしさもありながら歴史や自然を感じられるところ(金沢区在住、10代)
●金沢八景と金沢文庫等の歴史的遺産(戸塚区在住、70代)
●鎌倉文化を残すまち(神奈川区在住、50代)
●中世からの歴史と海が感じられるところです(戸塚区在住、70代)
●金沢文庫など、歴史あるものが多いこと(港南区在住、40代)
●自然多く住みよい(金沢区在住、60代)

「横浜美術館コレクション×18区」

当館のコレクション(所蔵作品)の中から、横浜市内18区ゆかりの作品や作家をご紹介します。

高間惣七《カトレアと二羽のインコ》
1973年(昭和48)
油彩、カンヴァス h. 45.5 × w. 53.0cm
横浜美術館蔵(高間米太郎氏寄贈)

カラリストの真骨頂、色の魔法使い。ー高間惣七たかまそうしち《カトレアと二羽のインコ》

一見すると、色の強さに惑わされ、インコ二羽は、すぐにそれとはわからないかもしれません。やがて、赤と緑のインコが、動きのある姿で描かれているとわかります。インコと黄色いカトレアのほか、紺、緑、ピンク、白など、多くの色それぞれは、物の形をかたどっているようには見えません。けれども、それらの色が強く響き合うことによって、画面に力強い躍動感が生まれています。色彩の効果を重視したこの画家の特色が表れています。

高間が、金沢区の海沿いに住み始めたのは、1935年(昭和10)。以来、自宅で亡くなるまで約40年間、ここに住み、制作を続けました。横浜美術館は、色彩豊かな高間作品を多く収蔵しています。自宅からの眺めを描いた絵もあります。

――みなさんもぜひ金沢区を訪れてみてくださいね――

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