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今につたわる今井川のほとりの小さな社―亀井竹二郎が見た明治初期の保土ヶ谷宿

横浜美術館

横浜美術館のコレクション(所蔵作品)の中には横浜市内18区と関連する作品があるのをご存知ですか?

横浜の風景が描かれた作品、横浜出身の作家や横浜を拠点に制作活動にはげんだ作家の作品など、数多く所蔵しています。

今回は、保土ケ谷区ゆかりの作品、亀井竹二郎の《保土谷駅ほどがやえき 望湯殿山ゆどのさんをのぞむ懐古かいこ 東海道五十三次真景とうかいどうごじゅうさんつぎしんけい」より》についてご紹介します。

亀井竹二郎(原画)、大山周蔵(画工印刷兼発行人)
《保土谷駅 望湯殿山「懐古 東海道五十三次真景」より》
1892年(明治25)、カラー・リトグラフ、16.2×23.3cm
横浜美術館蔵(小島豊氏寄贈[小島烏水旧蔵])

亀井竹二郎は、写真師にして画家でもあった横山松三郎や下岡蓮杖れんじょうに就いて西洋画の技法を習得し、石版画の仕事にもたずさわった草創期の洋画家です。今日、その名を知る人は少ないかもしれません。

竹二郎は、身につけた技法を活かして、東海道の五十三の宿場にのこる江戸時代の風情を油絵で記録するべく、1877年(明治10)に実地制作の旅に出ます。そして苦労のすえ、翌年1月に油彩画53点を完成しました。実際、旅路の無理によるものか、肺を病み、完成直後の1879年(明治12)に二十数年の生涯を閉じました。石版画連作「懐古 東海道五十三次真景」は、この油彩画を原画にして竹二郎の没後に刊行されました。

ここに描かれる保土ヶ谷宿には、現在の山形県の湯殿山を信仰する集団(こう)がありました。その中の清宮與一きよみやよいちという人が湯殿山を含む出羽三山の霊場を参拝したのを機に、同地ゆかりの大権現を自分の所有地にまつりました。画面をつぶさに観察すると、今井川に架かる小橋越しに小さな鳥居が見えます。その奥にやしろが描かれています。特に子どもの虫封じや航海の安全にご利益があったとして篤く信仰されました。明治の神仏分離令ののち、社名を外川神社とがわじんじゃに改め、今日にいたりました。タイトルにある湯殿山はこの史実に由来します。

横浜美術館では、本作のほかにも、亀井竹二郎の「懐古 東海道五十三次真景」作品を所蔵しています。ほかの作品について知りたいと思ったかたは「コレクション検索」をチェックしてみてくださいね。

▶これまでの「横浜美術館コレクション×18区」はこちら

横浜美術館スタッフが18区津々浦々にアートをお届け!「横浜[出前]美術館」

現在、大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。
お休みのあいだ、学芸員やエデュケーター(教育普及担当)が美術館をとびだして、レクチャーや創作体験などを市内各地におとどけする「横浜[出前]美術館」!その様子をレポートします。

第12弾は、保土ケ谷区の横浜市岩間市民プラザにうかがい、エデュケーターによるワークショップ「モノタイプ版画に挑戦!」を開催しました。

あわせて、18区の魅力を発見する、講座参加者の皆さんにきいた「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」もぜひご覧ください。

「アートでめぐる横浜18区」保土ケ谷区編
世界に1枚だけの版画を刷ってみよう! Part2


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