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鮮魚、作業着、ごみが点在する会場でのトーク「かたづけたいけど、ちらかしたい。」

「横浜[出前]美術館」 ―西区編―

現在、大規模改修工事のため長期休館中の横浜美術館。
お休みのあいだ、横浜美術館の学芸員やエデュケーター(教育普及担当)が美術館をとびだして、レクチャーや創作体験などを市内各地におとどけする「横浜[出前]美術館」!

第3弾では、西区の横浜市民ギャラリーで、アーティストの岩井優さんのトークを開催しました。その様子をレポートします。

そのほか、18区の魅力を発見する「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」、18区ゆかりの所蔵作品や作家をご紹介する「横浜美術館コレクション×18区」の特集もお楽しみください。

トーク会場の中に、鮮魚、作業着、シュレッダーごみ!?

講座名:岩井優トーク「かたづけたいけど、ちらかしたい。」
開催日時:2021年12月4日(土)14時~16時
開催場所:横浜市民ギャラリー
講師:岩井優いわいまさる(アーティスト)
参加人数:18名

今回、会場となったのは西区にある横浜市民ギャラリー。
展示室やアトリエを市民利用の場として提供するほか、年に3回の企画展や、多彩なアトリエ講座、市民協働事業などを企画実施している施設です。
開催当日はお天気に恵まれ、お隣の伊勢山皇大神宮にはたくさんの参拝客が訪れ、横浜市民ギャラリーの展覧会も多くの方々でにぎわっていました。

今回、アーティストの岩井優さんにトークを依頼したのは、岩井さんが横浜市民ギャラリーと横浜美術館の両方での展示経験をお持ちだったからです。
今回のトークは、「新・今日の作家展2018 定点なき視点」(横浜市民ギャラリー)、「ヨコハマトリエンナーレ2020  AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」(横浜美術館ほか)に出品したそれぞれの作品にどのような背景やつながりがあるのかを解き明かす機会になればと企画しました。
そのために岩井さんは、これらの作品にまつわるたくさんのものを会場に持ち込みました。

左側の壁には、作品構想中のドローイング、床にはシュレッダーごみ、作業着とほうきと紙袋型のマスクが置かれています。

会場後ろには胴長が吊り下げられ、床にはテレビモニターが横たわっています。
そのモニターの上には鮮魚が!その魚をとらえるようにビデオカメラがセッティングされ、ビデオカメラからの映像をプロジェクターが壁に映し出しています。
・・・こんな設えの中、トークは始まりました。

縦に積み重なっていく時間や経験を映像で表現する

初めに初期の映像作品を上映しました。
岩井さんは「きれい/汚いの境界線はどこにあるのか」という問題意識を持ちながら、洗浄や清掃といった日常行為に着目して制作を続けています。

2011年に東日本大震災が起こった数年後には、除染作業に携わるようになります。会場に吊り下げられた胴長は、このとき岩井さんが着ていたもの。
この胴長に加え、密閉性の高いマスクとヘルメットを身に着けて作業をすると真夏の暑さでたくさんの汗が吹き出し、胴長が汗のプールのようになったそうです。
除染は土壌と向き合い、表面をはぎ取っていく作業で、岩井さんにはアースワークを想起させたと言います。

このとき考えていたことや、記録として残していたもの(除染後の道路を撮影した写真、スナップ写真、空の映像など)がその後の様々な作品へとつながっていきます。岩井さんは除染作業に従事する一方、国内外での滞在制作や作品発表も続けており、自分の中に除染というものが通奏低音のように存在していたと話します。

このように、個人的な体験が積み重なっていき、レイヤーのように層をなしていく感覚を映像化したのが、横浜市民ギャラリーで発表した《作業にまつわる層序学》です。
この作品は次から次へと様々な「作業」を積み重ねていく映像を中心として、空間的に構成されています。
映像では横に流れる時間軸(タイムライン)が意識されることが多いですが、岩井さんはそこに縦に重なっていく視点を取り込みたかったと言います。

この映像の制作手法を解き明かすのが、会場後ろに設置されたモニター+鮮魚+プロジェクターです。
このようにテレビモニターの上に直に素材を置き、その上で人々が作業する様子を、背景となるモニターと一緒に撮影するという方法で、この映像は制作されました。

岩井優 《作業にまつわる層序学》(横浜市民ギャラリーでの展示風景) 2018年
photo:Ken KATO ©Masaru IWAI, Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art

また、展覧会では床にシュレッダーごみが敷き詰められ、映像の終わりと共に照明が点灯するようコントロールされていました。
トーク会場のシュレッダーごみも、この展覧会のときと同じ、横浜市民ギャラリーの業務で排出されたものです。

この展覧会の後の「ヨコハマトリエンナーレ2020」でも、岩井さんは除染作業の経験を下敷きにし、「仮面/防御/マスク」をキーワードにした一般参加者とのアクションを展開しました。
参加者は黒鉛を塗った紙袋にいらなくなったパッケージを自由に取り付け、それぞれのマスク=仮面を制作します。
そのマスクを被ってそれぞれが清掃を実践し、写真に撮影して共有し、感想や考えたことを共有し合うという活動です。

コロナ禍という制約の中で、オンラインを軸に展開した参加型アクション《彗星たち》はNHK Eテレ「日曜美術館」でも取り上げられ、注目を集めました。
「参加型アクション《彗星たち》」について、詳しくはこちら

世界初公開!《Brooming (365sec.)》1年間の清掃の記録を365秒の映像作品に

「ヨコハマトリエンナーレ2020」での参加型アクションが進行している間、岩井さんがずっと取り組んでいたことがあります。
それは、一日6分5秒間、黒鉛を塗った紙袋型マスクと作業着を身に着け、屋外をほうきで掃除することです。
最初の緊急事態宣言が解除された5月26日の日の出からスタートし、時間をずらしながら1年間清掃を続けた記録を映像化した作品が《Brooming (365sec.)》です。
岩井さんが直前まで編集作業をしていた出来立てほやほやの新作を、世界初公開しました!

岩井優 《Brooming (365sec.)》 2021年
シングルチャンネル4Kビデオ、サウンド、ループ

この映像では、1日分の清掃が1秒間に切り取られ、1年分=365秒に、時報の音が組み合わされています。
岩井さんは常に画面中央に佇み、淡々とほうきを動かし続けます。
清掃する場所は毎日少しずつ異なるため、目まぐるしく移り変わる背景に圧倒されると同時に、時に現れる人物(子どもだったり警察官だったり・・・)や動物の様子にはっとさせられます。
そこには日常の変わらぬ営みと、少しずつ変化していく周囲の環境や状況といったものが写し出されているようです。

様々なものが展示してあるのか、ちらかっているのか判然としないような会場の中で繰り広げられたトークと新作上映は、「かたづけたいけど、ちらかしたい。」のタイトル通り、岩井さんの頭の中をのぞきこむような時間となりました。

*新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、ガイドラインを遵守した対策を講じた上で実施しています。

▶︎「横浜[出前]美術館」開催予定の講座はこちら

18区の魅力発見!講座参加者の皆さんにきいた「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」

横浜のことを知っているのは、よく訪れたり、住んでいる方々!
講座参加者の皆さんの声から西区の魅力をご紹介します。

商業施設、文化施設、歓楽街、歴史的建造物、マンションなど、新旧さまざまな顔を持つ西区のおすすめスポット!
横浜駅周辺、みなとみらい21、野毛、関内、馬車道を中心とするエリア―

●歓楽街と文化的な処。海があり、緑が豊富な点(鶴見区在住、70代)
●みなとみらい地区の街が整備されていてきれい。新しい所と古い所があるのが魅力(中区在住、50代)
●県立音楽堂の建物がすばらしいです(東京都在住、50代)
●高層街など。藤棚(中区在住、50代)
●みなとみらい地区。横浜駅がある区(中心地)(都筑区在住、50代)
●音楽、古典芸能、美術と幅広く文化に触れられる魅力的な「ハコ」がある(鎌倉市在住、40代)


「横浜美術館コレクション×18区」

当館のコレクション(所蔵作品)の中から、横浜市内18区ゆかりの作品や作家をご紹介します。 

田中惟之《港の博覧会》
1990年
油彩、キャンバス h. 160.0 × w. 225.5cm
横浜美術館蔵

細やかな点描で、幻想的な世界を描く。田中惟之《港の博覧会》

田中惟之(1935年)は長年、横浜にアトリエを構えて制作をした横浜ゆかりの画家です。中学在学中に洋画家の國領經郎こくりょうつねろうに出会い、生涯師事し続けました。

この作品では田中が好んで絵の題材とした船の停泊する港が描かれています。けれど、その手前には何か変わった建物や首長竜くびながりゅう、観覧車などが見えます。これは今のみなとみらい地区で1989年に開催された横浜博覧会の会場です。「宇宙と子供たち」というテーマのもと様々なパヴィリオンが立ち並び、それらが師の國領から受け継がれた点描法で描かれています。

不思議なことに博覧会にもかかわらず、来場者はどこにも見当たりません。また点描はひとつながりに見える物や景色のイメージを細かく分割することで、画面には静止した印象が作り出されています。誰もいない場所で停止するモノたちの世界、これが田中の描き出す港の風景なのです。

――みなさんもぜひ西区を訪れてみてくださいね――

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