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横浜トリエンナーレのレガシーを活かして世界に開かれた美術館を目指す――vol.8 国際グループ 里見有祐

2023年度のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。美術館のスタッフはお休みのあいだも忙しく働いているようですが、彼らはいったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフってどんな人?

そんな素朴なギモンにお答えするシリーズ第8弾は、美術の国際的な発信を行う「国際グループ」のスタッフが登場。開幕まで1年余に迫った「横浜トリエンナーレ」の事務局も担っているそうなので、そのチームリーダーに話を聞きました。

海外の美術界と交流し、ネットワークを構築


――国際グループって、どんな仕事をしているの?

横浜美術館の中ではいちばん新しく、2016年に設置されたチームです。国内で専任部署がある美術館は少ないようです。横浜トリエンナーレを開催する美術館として、世界各国の美術館や美術関係者とネットワークを築き、国際交流を行うなど、横浜美術館の存在を海外に発信する業務を担っています。例えば、ICOM(国際博物館会議)やIBA(国際ビエンナーレ協会)に加盟して情報交換を行ったり、海外の美術館で当館コレクションを活用した展覧会の可能性を模索するなど、仕事の幅はかなり広いですね。横浜トリエンナーレ組織委員会の一員として、横浜市の方々と共に事務局運営を行うことは主業務ですが、これまでの実績も含めたレガシーを未来へ伝えてゆくことも大切な仕事です。

――なぜこの仕事に?

アートとの出会いは、高校卒業後に劇団を立ち上げ、地元・横浜を拠点に活動していたことがきっかけです。大学は経済学部に進み、文化経済学を学んでいましたが、授業で現代美術や舞踊などに出会い、興味の幅がどんどん広がりました。卒業後はアートNPOに就職。国内外の舞台芸術作品をフェスティバルという形で発信したり、アーティストを支える文化施設の運営などにも携わりました。そんな経験を重ねるうちに、やはり、地元である横浜で活動したいと思うようになり、横浜美術館の運営母体である横浜市芸術文化振興財団に転職。いくつかの部署を経て、2022年4月、横浜美術館の国際グループに着任しました。

ずっとみてきた横浜トリエンナーレの運営に携わる


――横浜出身なんですね。では横浜トリエンナーレは学生時代からよくご存知でしたか?

そうですね。2001年に初めて開催された時は大学生だったので、周囲にはボランティアとして参加した友人もいて、「今までにないアート体験ができる!」と心躍らせたことを覚えています。回を重ねるごとに趣を変え、地域の中で展開する取り組みを、いつも興味深くみてきました。そんな伝統あるイベントに、自分が主催側として参加する日が来るなんて、なんだか感慨深いです。

ニック・ケイヴ《回転する森》2016(2020年再制作)
©Nick Cave
ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景
撮影:大塚敬太
写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

――現在はどんな仕事をしているの?

2024年3月に開幕する第8回横浜トリエンナーレの準備に専念しています。具体的には、スケジュール調整や会議・打合せなど、アーティストやスタッフをつなぐ総務的な業務です。2022年は、前年から準備を進めてきたアーティスティック・ディレクターの選定と交渉を終え、情報公開することができました。並行して会場選定を進めたり、「横浜トリエンナーレ」を通年でご紹介していくウェブサイトをリニューアルするなど、チームの皆さんと共に取り組みました。

今後は、アーティスティック・ディレクターのプランも具体化していくため、展示や会場運営、広報プロモーションにかかわるヒト・モノ・カネを調整する仕事が増えてくると思います。会場となる美術館の改修工事が終盤に差し掛かる頃には、キュレトリアルチームやコーディネーター、アーティストたちと具体的な展示の準備も始まります。


また、これから膨大な契約が発生するので、コンプライアンスを遵守しながらも簡便かつスピーディに進められるよう、基盤整備も進めています。多くの皆さんと一緒に仕事をすることになりますが、自分も含めて誰もが持てる力を存分に発揮するためには、今のうちにしっかり環境を整えておくことが大切です。そう考えると、これからが忙しくなっていくのでしょうね。想像すると大変そうですが、楽しいものにしたいと思っています。

――仕事は面白い?それとも大変?

これまで私が関わってきた仕事の中でも、横浜トリエンナーレは規模の大きなイベントなので、その中での合意形成は簡単ではありません。けれど、多くの方の力が合わさって生じる大きなエネルギーを感じるので、大変さより期待感の方が大きいです。

これまでは芸術文化の魅力を社会に発信する仕事をしてきましたが、今は調整役として皆さんの力を引き出し、未来へとつなげてゆくポジションにやりがいを感じています。変化が大きく、刺激的ですね。

2024年3月の開催に向けて全力疾走中!


――参加アーティストの選定などは?

アーティストや作品の選定は、アーティスティック・ディレクターと総合ディレクターの蔵屋館長、キュレトリアルチームの間で進んでいます。今回のアーティスティック・ディレクターは、中国人キュレーターのリウ・ディン(刘鼎)、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)のおふたりです。まずは、彼らに横浜の歴史や文化などの地域特性を知っていただくことが必要だったのですが、コロナ禍にあって来日調整が難航。昨年の夏は胃が痛かったですね。なんとか直行便が再開したので、おふたりバラバラでしたが9〜11月にかけて招聘し、横浜のフィールドワークを実施。滞在中は日本国内の美術館やギャラリー、芸術祭の視察、作家などの情報収集なども行われました。この経験をもとに具体的なコンセプトを固め、アーティストの選定や展示構成を進めています。

横浜美術館職員向けレクチャーの様子
撮影:大野隆介

――横浜のフィールドワークはいかがでしたか?

私は、美術館の前は「アーツコミッション・ヨコハマ」の担当で、地域で活動するアーティストやクリエイターなど、横浜のプレイヤーとリソースをつなぐ仕事をしていました。その経験を活かして、市内で創造的な活動を行っているアートスペースを訪れるスケジュールを組み、山手の洋館をはじめとした歴史的建造物、観光スポットなどもご案内しました。また、横浜育ちならではの、美味しいお店の情報なども提案。2〜3週間の滞在でしたが「とても充実した時間だった」と言っていただけたのは嬉しかったですね。ここで築いた信頼関係をキープし、盛り上げていかなくては、と気を引き締めています。

――今回の横浜トリエンナーレは、どんなものになりそう?

具体的なカタチはまだみえていませんが、今回は横浜のリソースに改めて着目し、活用することも検討されているので、「街に広がる」がポイントのひとつと思っています。アート作品をみに行くだけでなく、横浜の街を旅するような気持ちでお越しいただけるトリエンナーレにしたいですね。

もうひとつお伝えしたいのは、横浜美術館のリニューアルオープン第1弾の企画だということです。ただ、改修工事中は安易に美術館に入れないので、未確定要素も多くてドキドキしているというのが本音ですが(笑)、新たな横浜美術館に、ぜひ会いに来てください!

里見 有祐(さとみ・ゆうすけ)
横浜生まれ。大学卒業後、舞台芸術の企画制作や文化施設の立ち上げ・運営に従事、2011年より横浜市芸術文化振興財団に参加。アートイベント等の企画制作・運営の後、2017年よりアーツコミッション・ヨコハマにてプログラム・オフィサーとしてアーティストなどの相談・支援、助成制度設計、プロモーションなど芸術文化・まちづくり・創造産業が交わる現場で活動。2022年より現職。

<わたしの仕事のおとも>

パスホルダー
国際交流の一環としてスコットランドの演劇祭を訪れた際、スコットランドのアーツ・カウンシルの方からお土産にいただいたものです。現地では会議プログラムにも参加するなど、芸術祭運営や芸術文化振興に関する国際的な経験を積むことができました。以来4〜5年愛用していますが、見るたびに身が引き締まる思いです。

<わたしの推し!横浜美術館コレクション>

イサム・ノグチ《真夜中の太陽》 1989年

大学在学時に授業の一環で、イサム・ノグチがデザインした慶応義塾大学の談話室を文化的交流の場として、カフェのようにお茶を交わし、舞台のように人が舞う場所づくりに参加したことがあります。それはジャンルに依らない芸術の可能性に魅せられた自分の原点にもなるような体験で、今にかけても氏の様々な作品との出会うたびに、そのときの新鮮な気持ちが思い起こされます。

本作も、横浜美術館で眺めては、丸いフォルムが醸す浮遊感に、当時と今を回帰させられるような感覚が湧く、印象的な作品のひとつです。


vol.1 「施設担当 坂口周平編」、vol.2「コーディネーター 庄司尚子編」、vol.3「鑑賞教育エデュケーター 古藤陽編」、vol.4「学芸員 大澤紗蓉子編」、vol.5「エデュケーター 園田泰士編」、vol.6「渉外担当 襟川文恵編」、vol.7「司書 長谷川菜穂編」もぜひご覧ください!