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陽光差すアトリエで描いた、健やかな子らの姿―島田四郎《少年笛を吹く》

横浜美術館のコレクション(所蔵作品)の中には横浜市内18区と関連する作品があるのをご存知ですか?

横浜の風景が描かれた作品、横浜出身の作家や横浜を拠点に制作活動にはげんだ作家の作品など、数多く所蔵しています。

今回は、瀬谷区ゆかりの画家・島田四郎の作品についてご紹介します。

島田四郎《少年笛を吹く》
1950(昭和25)年、油彩、カンヴァス、130.3 x 97.0 cm
横浜美術館蔵(島田みほ氏寄贈)

島田四郎(1905-1986)は、瀬谷区に暮らし、アトリエを構えた画家です。
富山県に生まれ、県立工芸学校(現・富山県立高岡工芸高等学校)の工芸図案科を卒業した島田は、上京して西早稲田にあった日本美術学校に学び、21歳で油彩画家として歩みはじめました。そして旅先の静岡で、妻・みほと出会って所帯を持ちますが、やがて戦争の足音が近づきます。戦局が悪化するなか、従軍画家としてアッツ島への派遣を命ぜられますが、派遣前に玉砕の報を受けたため戦地に赴くことはなく、終戦を迎えました。

戦後は横浜の磯子に転居、そして1958年、53歳の時に瀬谷に終の棲家を求めました。島田はこの頃までに、写実に基づく安定感のある構図と明るい色彩の絵画で、画壇での存在感をゆるぎないものにしていました。またこの年から、神奈川新聞に連載された大佛次郎おさらぎじろうのエッセイ『ちいさい隅』の挿絵を14年間にわたって描き、広く親しまれました。

《少年笛を吹く》のモデルは、長女と長男。画室に差し込むやわらかな光と影の表現によって、人物の実在感をとらえています。島田は人物画に取り組む際、最後の仕上げまで常にモデルを前にして描いたといい、多くの作品のモデルは身近な人々です。のちに商業写真家となった長男の笙之介氏は、このとき小学校5年生。物静かだった父・四郎が芸術について家庭内で語ることはなかったそうですが、父のモデルを務めることは笙之介氏の日常の一環のようなもので、苦ではなかったといいます。門前の小僧さながらに、ポーズを取る合間に覗いた父のカンヴァスからいつしか学んだ形態のバランスや構成力が、若くして写真家を目指した自分の糧になっていったと、笙之介氏は回想します。


島田四郎《なわとび》
1960(昭和35)年頃、油彩、カンヴァス、80.3 x 116.7 cm
横浜美術館蔵(島田みほ氏寄贈)

その10年ほど後に描かれた《なわとび》は、ずいぶんと趣が異なる作品です。この頃、戦後アメリカで生まれた抽象表現主義という絵画の潮流が、日本にも大きく影響を及ぼしました。その特徴の一つである、勢いのある筆で激しい動きを感じさせるような表現に取り組む画家も多くあらわれました。島田もまた、新しい表現を模索したのでしょう。島田は以前から、風景スケッチなどの水墨画の小品で、墨のほとばしるような素早く力強い筆づかいを実践していました。東洋の水墨画の理想とされる「気韻生動きいんせいどう」(生き生きとした生命感と風格に満ちていること)の境地を尊んでいたという島田は、水墨画の一気呵成いっきかせいの筆の動きを、油彩画に取り入れようとしたのかもしれません。


島田四郎《おんな ネコ》
1979(昭和54)年頃、油彩、カンヴァス、60.6 x 50.0 cm
大佛次郎記念館蔵(島田笙之介氏寄贈)
画像提供:大佛次郎記念館 

大佛次郎記念館が所蔵する《おんな ネコ》は、晩年の代表作の一つ。猫を抱く女性は、長男・笙之介氏の夫人です。長男の夫人が円熟期の画家のミューズ(創作意欲をかきたてるモデル)となり、洗練された女性像が数多く生み出されました。

大佛次郎記念館にて、大佛の書斎兼寝室の再現コーナーに設置された島田四郎作品
2023年3月31日 撮影:横浜美術館主任学芸員 内山淳子


横浜美術館では、今回ご紹介したほかにも、島田四郎の作品を所蔵しています。ほかの作品について知りたいと思ったかたは「コレクション検索」をチェックしてみてくださいね。

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横浜美術館スタッフが18区津々浦々にアートをお届け!「横浜[出前]美術館」

現在、大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。
お休みのあいだ、学芸員やエデュケーター(教育普及担当)が美術館をとびだして、レクチャーや創作体験などを市内各地におとどけする「横浜[出前]美術館」!その様子をレポートします。

第18弾は、瀬谷区の横浜市瀬谷区民文化センター あじさいプラザにうかがい、エデュケーターによるワークショップ「シュールなおばけをつくろう!」を開催しました。

あわせて、18区の魅力を発見する、講座参加者の皆さんにきいた「みんなに伝えたい!わたしの街のいいところ」もぜひご覧ください。

▶「アートでめぐる横浜18区」瀬谷区編
●オリジナルなおばけをつくろう!

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