横浜美術館の情報をくまなく集め、発信し、お客様や社会とつなぐ。――vol.10 広報 藤井聡子
2023年度のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。美術館のスタッフはお休みのあいだも忙しく働いているようですが、彼らはいったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフってどんな人?
そんな素朴なギモンにお答えするシリーズ第10弾は、この連載などの運用も担っている広報スタッフが登場。横浜美術館の魅力を発信するために日夜奔走する、その舞台裏をのぞいてみました!
展覧会の広報は1年前から準備し、閉幕後も続く
――広報って、どんな仕事?
ひと言で言うと、情報を発信して社会との関係性をつくる仕事です。美術館の場合、集客を目的とした販促・プロモーションなども行うので、一般企業の広報より守備範囲が広いかもしれません。
中でも比重が大きいのは展覧会の広報ですね。お客様に足を運んでもらえるような話題をつくり、媒体の方々にご紹介いただくべくご案内し、WEBサイトやSNSで情報を発信し、広告を出稿するなどプロモーションを行います。ちなみに、作家や展覧会によっては、想定されるターゲットが集まる場所、例えば六本木アートナイトや東京アートブックフェアなどに参加してプロモーションを行ったこともありました。
その一方、展覧会は美術館の研究成果を発表する場でもあるので、その展覧会が社会的にどんな意味があったかを残すことも大切な仕事です。また、横浜美術館は現代美術を扱うことも多いのですが、気鋭の作家にとって、展覧会で得た評価はその後のキャリアに大きく影響してきます。集客のための露出だけはではなく、展評などの外部評価をきちんと残していくことも重要だと考えています。
――展覧会の準備はどのくらい前からスタートする?
大きな企画だと、学芸員は5年くらい前から準備に入りますが、広報が本格的に動き出すのは開幕の1年前くらいでしょうか。学芸員と話し合って打ち出すべきポイントをまとめ、メディアに対する情報提供や相談をはじめます。3〜4カ月前にはフル情報でのプレスリリースを配信し、平行して広告プランを固めて出稿し、記者内覧会を実施。開幕後は取材対応に奔走し、SNSの対応をしているうちに、あっという間に閉幕…という感じですね(笑)。閉幕後は展覧会の評価を残すべく奔走し…それが一連の流れになります。
作家の狙いを実現すべく、スタッフ一丸となって取り組む
――印象に残っているエピソードを教えて!
2015年に開催された「蔡國強展:帰去来」の広報でしょうか。蔡國強(ツァイ・グオチャン)は、火薬を爆発させてカンヴァスや和紙に画像を定着させるという、独創的な手法を用いる現代美術家です。現地で制作するスタイルに基づき制作場所を検討する中で、作家から「横浜美術館の館内で制作できないか」という話があったのですが、館内で火薬を扱うなんて前代未聞。学芸チームはもとより、施設担当など全館スタッフが関係各所に調整を行い、なんとか実現にこぎ着けました。
作家や作品の魅力を伝えるためにどんな広報展開をするか、蔡さんや学芸チームとディスカッションを重ねました。その中で私がこだわったのは「爆破という一瞬の出来事は映像で伝えたい」という思いです。旧知のディレクターに相談に行ったところ、なんとニュース番組での制作現場の生中継が実現。別のニュースには作家本人が出演し「火薬は戦争にも使われるけれど、このように美しい作品を描くこともできる」と話してくださいました。日中関係の冷え込みが心配されていた時期だったこともあり、本当に胸が熱くなったことを覚えています。美術ファンではない方々へも、現代美術が問うものや、驚き、美しさを伝えることができました。
――展覧会以外ではどんな広報があるの?
教育普及事業や所蔵作品はもちろん、たとえばコロナ禍での対応のような社会的な話題についても問い合わせをいただくことがあるので、日頃から館内をくまなく回って情報収集に努めています。学芸以外にも横浜美術館には多くのセクションがあるので、取材力は必須。たとえば多様性に対する取組も、社会に発信すべき有用な情報です。メディアの方々とも、展覧会や事業に関係なく情報交換をしています。いろんな角度から横浜美術館を知っていただき、興味を持っていただくことは、広報にとって大切な仕事ですから。
――休館中は何をしているの?
残念ながら展覧会がないと皆さんの関心が離れてしまうので、私たちを忘れないでいただくためには情報を発信し続けることが重要です。実際、休館中も「やどかりプログラム」や「横浜[出前]美術館」などの事業を行っているので、さまざまな美術館の媒体を活用して活動状況を発信しています。なかでもnoteは休館中に立ち上げました。コレクションを紹介することにも力を入れています。
私のもうひとつの大きな仕事が、リニューアル後に向けた検討、つまり新しい横浜美術館のブランディングです。ハード/ソフトを通じて私たちの理念をどう伝えてゆくか。ビジュアル表現やメッセージの開発をはじめ、グランドギャラリーなどフリースペースの在り方、数百種におよぶ什器やサイン、館外の看板などの制作を、建築家やデザイナーと進めています。施設担当と私の二人でとりまとめてきました。
まもなく新しい横浜美術館のヴィジョンをカタチにして発信します!
――なぜこの仕事に?
私は大学卒業後に広告代理店で働き、その後、雑誌出版社に転職して広告営業となりました。20代を広告まわりで修行するなかで「マーケティングのスキルを社会に還元できないだろうか」と考えるようになり、国連の難民支援の寄付を集める団体に勤務しながら、大学院で社会学を学び直しました。大学院修了後にご縁があって横浜へ。そして「ヨコハマトリエンナーレ2011」の広報担当を終えたところで、館内異動で美術館の広報に着任しました。
――大変だけど、面白そうな仕事です。
意外に忙しいんですよ(笑)。でも、私は「人が好き」だから続けてこられたのだと思います。人がつながっていくと、もっと楽しいことになる。そう考えているので、やりがいは感じます。
横浜美術館は「近現代」を専門としているので、扱う分野の幅が広いんです。マーケティングの観点からいうと、たとえば、日本画が好きな方にバリバリの現代アートの魅力をお伝えするのはハードルが高い。でも、いろんな時代のことを考え、横浜美術館とお客様をつなぎ、さまざまな美術や表現をつなぎ、幅を広げるにはどうしたらいいか、と考え続けるのはとても興味深いテーマです。
私自身は子供の頃から美術館に親しんできたわけではありません。高校時代に音楽や映画を通じてアートに興味を持ち、美術館に行くようになりましたが、美術部でも美大出身でもありません。いわゆる普通のお客さんでした。今でこそ、美術は私たちに新しい視野をもたらしてくれると感じていますが、広報担当としては、もとの「普通のお客さんの感覚」を大切にしています。お客様はどんなことに興味を持つのか、何を知りたいかが5割、専門的なことや美術館としての視点が3割、私個人の視点が2割、という感じかな。
リニューアルに向けては、この節目に着任した蔵屋美香館長が考える「想い」を言語化するとともに、みんなが休館中に検討を重ねた「これから」の美術館の在り方を発信していきます。お客様との接点でもある広報の頑張りどころですね。
藤井 聡子(ふじい・さとこ)
東京生まれ、東京育ち。本籍は横浜市。
広告代理店、雑誌出版社、難民支援NPOを経て、横浜へ。ヨコハマトリエンナーレ2011広報担当を終えたのち、横浜美術館広報担当に。展覧会や事業の広報から、ウェブサイトやSNSの運用、街の施設の方々との連携など、美術館と外をつなぐやくどころ。好きな言葉は「漂えど沈ます」。
※2023年3月まで担当
<わたしの仕事のおとも>
切手&ポストカード
仕事柄お礼状などを出すことが多いのですが、できるだけ手書きで出すよう心がけています。なので切手やポストカードは常備品。ポストカードは美術館のコレクションを知っていただくチャンスにもなりますし、切手は名画をモチーフにしたものも多いので、この小さな世界で美術に出会っていただけたら、という想いもあります。もともと切手好きなのですが、あの方にはこの葉書、この切手と考えるのはとても好きな時間です。
<わたしの推し!横浜美術館コレクション>
2012年に開催された「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」で発表されたのち、収蔵された作品です。奈良さんにとって作品は自画像。会期中、『AERA』から奈良さん宛に表紙のお話をいただいたので「作品がご本人です」と交渉し、作品も表紙を飾りました。
横浜美術館の広報に着任した私にとって、はじめて担当した展覧会だったこともあり、思い出深く大好きな1点です。
vol.1 「施設担当 坂口周平編」、vol.2「コーディネーター 庄司尚子編」、vol.3「鑑賞教育エデュケーター 古藤陽編」、vol.4「学芸員 大澤紗蓉子編」、vol.5「エデュケーター 園田泰士編」、vol.6「渉外担当 襟川文恵編」、vol.7「司書 長谷川菜穂編」、vol.8「国際グループ 里見有祐編」、vol.9「市民のアトリエ エデュケーター 森未祈 / 北川裕介編」もぜひご覧ください!