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いまは自分という生き物を整理整頓する時期。「複数性」という版画の考え方が整理できたとき、次のステップに進める気がしています。

横浜美術館

横浜美術館では、将来活躍が期待される若手アーティストを紹介する小企画展「New Artist Picks」を、2007年よりアートギャラリーなど館内の展示スペースで開催してきました。
大規模改修工事による休館中は、その特別版となる「Wall Project」として、グランモール公園「美術の広場」に面した工事用仮囲いで、2回にわたり若手アーティストの創作を紹介します。
第1回目は、銅版画を主な表現手法とする村上早(むらかみ・さき)を紹介しています(2022年11月6日まで *予定)。屋外での初めての作品発表や「京都版画トリエンナーレ」(2022年4月12日~5月8日)などを経て、「転換期」をむかえているという村上に、今後の創作の方向性について伺いました。



――横浜美術館の工事用仮囲いで開催した「村上早|Stray Child」では、初めて村上さんの作品を屋外で発表する機会となりました。改めて、今回のプロジェクトで印象に残ったことを教えてください。

屋外にある作品の周りに雑草が生えたり、雨水や埃や泥で汚れていったり、道ゆく人の目にも止まらないような存在になる、ということを作った人間は寂しく感じるのだろうなと、今まで思っていたのですが、自分の作ったものが自然と共に朽ちていけるって、すごく素敵なことなのだと知りました。
今まで、屋外で展示されたことがなかったので初めての気持ちでした。私の作品は額に守られる弱々しい紙です。展示できる場所は非常に限られます。
こうやって、外と混ざり合い、溶けて、無くなっていく体験ができたのは嬉しかったです。

「村上早|Stray Child」掲出風景

――今回プロジェクトを立案していくなかで、村上さんの作品がどう読み解けるかを、担当した学芸員の間で議論しました。例えば、1980年代以降の現代美術における具象絵画の復権からの視点、それから戦後版画史のなかでの位置づけといった点です。ご自身としては、自分の作品と美術史との間にどのようなつながりを見ていますか。

実は、これまで美術史を意識したことは一切ないんです。大学では「版画の枠を一切気にせず制作する」「絵筆と同じようにプレス機や彫刻刀を使う」ことをやっていきなさいと、私は強く先生方に教わりました。駒井哲郎など版画の歴史を詳しく勉強しないほうが自由に描けるんじゃないかと、先生ともディスカッションしました。もちろん別の学生に対しては、日本の版画の歴史をちゃんと知ってから描いたほうが作品が面白くなる、という先生方のアドバイスもありました。でも私は違いました。そのために、これまではその言葉をありがたく受け止めてきたというのが本音です(笑)。ただ技術のひとつとして、油絵と同じような感覚で銅版画を制作してきました。

――影響を受けた作家、好きな作品を挙げるとしたら?

もともと油絵科を受験した経緯もあり、版画より油絵が好きで、よく見てきました。それ以外にも、一例ですが、村山槐多(かいた)の詩や、画家のO JUNさんのリトグラフなどが好きでよく読んだり見たりしています。学生の頃、スウェーデンの画家ヨックム・ノードストリューム(Jockum Nordström)の作品が大好きで、線や形などはすごく影響を受けています。この方はコラージュで作品を作っており、奥さんも画家で油絵を描いています。この画家の鉛筆の跡などを参考にしています。
ピーター・ドイグも学生のときから画集を集め、作品を見ています。自分の中で、いつも「落書きのような線」を求めていているので、銅版画という堅苦しい技法を使って描かれた「線の粗雑さ」に強く惹かれるのです。私はまだそこまで行けなくて、銅版画であることを意識し過ぎてしまうからなのかもしれません。「銅版画に助けられている」という意識があり、技法としてきちんと使えていない感覚があります。さきほど銅版画を単なる技法のひとつとすると言いましたが、そこまではまだ振り切れていません。でも、銅版画を「ただの技術として使う」というのも自分としては違う。銅版画家ではありたいが、銅版画だけにこだわりたくない自分もいる。ここからどうしようという微妙なバランスの上に立っている状態です。

――ドローイングにも関心があり、「鉛筆で描いた線を消した後の、薄い色の残り痕と、筆圧でできた紙のへこみが好き」と以前おっしゃっていました。にもかかわらず、鉛筆で描かず銅版画に取り組んでいるのは、「傷をつける」という行為が大事だからなのですか?

そうです。私の制作は、多分、絵を描くだけではダメで、版に傷をつけなければいけないというのが根底にあります。そのうえで、どういうものを描くかという探求なので、下地は動きません。

――その「下地」というのは、恩師に学んだ「銅版画という技法を使いながら、銅版画の枠に収まらない絵の描き方を模索する」ということですか?

ずっと試しているのですが、正直、まだ足りていません。まだ自分の絵に納得できていないんです。けっして高望みをしているわけではなくて、自分がやりたいことに全力投球できていない感じ、でしょうか。
数年前、とある美術館の館長さんに展示の推薦をいただきました。そのとき、「あなたは評価されているけど、自分でやりたいと思っていることをちゃんとやれていないでしょう」と指摘されました。「一歩足りていない」という思いは自分の中にもすごくあって、足りない理由もなんとなく分かっていましたが、「やっぱり作品から分かってしまうんだな」と思いました。

――「京都版画トリエンナーレ2022」での岩渕貞哉さんの推薦文でも、『今後、彼女の制作が、自閉し完結していることの強度から、「開かれ」(ジョルジョ・アガンベン)へ展開していくのか、いまはまだわからない。』と書かれていました。村上さんの作品を早くから評価している人たちの見解をどのように感じますか。

さきほどの館長の言葉とあわせて、どちらも「村上は今後どうしていくのか、どうしたいのか」と問われているのだと理解しています。実際、今がいちばん悩んでいる時期です。「絵を変えなければいけないのでは?」という悩みがある一方で、今までのものを手放すことができなくて、次へ踏み出すことができず、身動きが取れない。本当に嫌な時期にあります。これまでのような「自分を癒すため」にやってきた版画から、一歩先へ行かなくちゃいけない気がしています。こうした課題が切迫してきた頃にコロナ禍になりました。年齢的にも30歳という転換期を迎えて、頭の中はぐちゃぐちゃです。でも2020年以降、少しずつ絵柄が変わってきていると感じています。

――変わってきている点を具体的に教えてください。

私は幼い頃、両親ともに仕事で家にいなくて、一人でクレヨンを握りしめて絵を描いていました。そして今も、あの頃のまま絵を描いている。赤いリンゴがキレイだから描こう、という延長線上で絵を描いているといえます。この感覚を大切にしたいと思う一方で、我ながら、「もう30歳だというのにいつまで甘えているつもりなんだ、いい加減にしなよ」と思ってしまいます。今まではそのままでも描けたし、ありがたい評価もいただきました。それが悪いわけではありませんが、学生時代の評価が差しつかえになっているのかもしれません。

――その転換期のはじまりといえる2020年の作品に《原罪-red bed-》があります。今回、最終的に出品しませんでしたが、企画の途上で、この作品はここ数年の村上さんの変化をあらわすものとして大切ではないかと議論しました。これまでのいわゆる少女的なモチーフではなく、等身大の女性としてのご自身が反映されていると。この作品について教えていただけますか。

村上早《原罪-red bed-》2020年

この絵は、生々しい話になるのですが、「私は結婚もしないし子供も産まないだろうと思っている。だけど生理はくる。ただただ何にもならない血液を毎月垂れ流している。本来だったら“赤ちゃんのベッド”になるものをただ排出して、ゴミにしていくこと」を、“さかさまの赤いベッド”とイメージしたことが発端でした。ベッドのモチーフは、私がベッドに対して女性性を感じていることから描いたものです。人は、生まれる時も死ぬ時もベッドの上、つまり生と死の象徴として描きました。生と死と血液は近い存在と思っています。いつもは、あまり感情に直接的な表現をしないようにしていますが、2020年はかなりキツイ作品を描いていましたね。
ですがこの作品は、いまの話とは別に単純な「憎しみ」からも生まれています。私は、「人間という生物のメス」に対する嫌悪感、憎しみを持っています。図鑑に載っているような「女性とはこういうもの」という女性像です。そういった典型的な女性像は崩れてきていますが、どうしたって女性には女性らしさがあって、それは自分で否定したところで出てきてしまうものです。ない人はないけれど。しかし、その女性性を保ちながら「自分はそうじゃない」と主張する女の人ほど、なにより女性らしいなと思います。2020年は、そういった「人間という生物のメス」に対する憎しみが強くなってしまい、この感情は絵にしないとまずいと思ってカラー作品をたくさん作りました。これはその時の1枚です。
私は自分の中の女性性は認めているし、自分が女性であることに不快感はありません。個として尊敬できる対象に性別は関係ないと思っています。ただ、元々人間が苦手だったのが、2020年はさらに人間嫌いになってしまい、むしろ虫のほうがマシだと思えるほどです。それが絵に滲み出てしまった気がします。いつもの私の作品とは違うので、異質な雰囲気が出ているのかもしれません。

――2020年の作品は、版型もこれまでの長方形ではなく、正方形が基本でした。

もともとは正方形にするつもりはなくて、軽い気持ちで試してみたのですが、無意識のなかに自分の気持ちの変化があったのかもしれません。実際に描いてみたらアイコン性が強すぎた気がしています。堅いというか、枠になりすぎてしまった感じです。モチーフを途中で切らず、真ん中に全部描いてしまっているので、絵のなかに外へ抜け出ていく流れはありません。

――いま振り返って2020年の作品群はどのような位置付けになりますか。

自分の傷を癒す過程で必要な「絆創膏」でしょうか。あの絵が良い悪いではなく、あの絵がなければ血が止まらなかったと思います。だからすごく過激です。描いているときは、自分ではいつも通りに描いているつもりでしたが、時間をおいて見ると全然違う。あのときの絵がなかったら自分は生きてなかったかもと。私にとっては重要な時間であったことは間違いありません。

――もうひとつの表現の変化として、2015-2016年頃は「線」を意識していたのに対して、2020年以降は「面」を意識していると、プロジェクトを準備している途中、ご自身で分析されていました。線から面への表現の変化には、何か理由があったのですか。

まず「線」で描きはじめたのは、子供が鉛筆やクレヨンを手にして描いてみたら絵になった、というシンプルな喜びに近いです。だから夢中になって線を描きました。そんな子供が少し成長すると、「塗れる」という喜びに気づき、塗っていったら「面」になったという感じです。線の勢いや太さの表現が描くことの面白さだった2015年頃の作品に対して、面による形の面白さ、形の良さに興味が移っていったのが2020-22年頃の作品です。

――「面」という表現の場合、「傷」というテーマとの関係はどうなりますか?

よく質問で、なぜ傷をテーマにしているのに銅版を直接ニードルで削る技法(ドライポイントなど)で描かないのですか、と聞かれます。私は、銅版にポスターカラーで絵を描き、その線を腐食させる技法(リフトグランド・エッチング)を主に使っていますが、私にとっては、腐食によって銅版という固い金属に永久に消えない深い彫(ほり)を付けることが大事なのです。線であれ面であれ、銅版を腐食させて傷をつくることが重要です。

――「京都版画トリエンナーレ2022」の話に戻りますが、同展では、版画というジャンルの多様性、多彩さを示す作品が数多く並んでいました。その中にあって、ご自身の作品をどう感じましたか?

「版画」という枠があってないような時代なのだと思っています。斬新さが求められているので、版画を版画として作っていたのでは、いずれ評価されなくなるのかもしれません。
じゃあ版画とは何なのか。今残っているのは、「版画」という言葉だけなのかもしれません。チラシ、新聞、写真などの印刷物やデジタルデータなど、全く同じではなくても、コピーして量産できる「複数性」という概念さえあれば版画としてしまってよく、そうしたものが求められている時代なのだと京都版画トリエンナーレでは感じました。
わたしは伝統的な技法を継承していますが、複数性という観点からみれば、デジタル上のコピー&ペーストだって版画かもしれません。さらにいえば、人間のクローン、繰り返される日常、お年寄りが同じことを話し続けることも、「版画」と言えるのではないか。そうすると、私にとって人生初の「版画」は、ケガした傷跡が地面についたときの、血の跡かも…そんなことまで考えています。
評価のためには、自分のやり方を変えていかなきゃいけないのではないか、とは思います。それと同時に、同じことをやり続けたっていいんじゃないか、という思いもあります。私が長生きして、ずっと今のやり方を続けていたら、逆に伝統的な版画が「新しい」となっていくのかもしれませんから。時代にちゃんと自分をついていかせなきゃいけないとするなら、もっと「版画」という枠を取り払うことが必要なのかもしれません。それでも版画をやるのなら、これまでの概念を超えた版画をやる。京都版画トリエンナーレでは、そんな作品が評価されていたし、私もそれには納得しています。

――これまでの「版画」を逸脱する表現が求められる時代にあって、村上さんが模索している「版画」はどういった位置にあると考えていますか。

「版画ではない」と言いながら版画をやっていたり、反対に「これは版画だ」と言い張っているのに版画ではなかったり。版画の考え方が変わっていくのは構わないと思っています。そうしないと、版画は時代遅れとなり廃れてしまうかもしれません。でも、私のようなアナログ人間が少なくなっていくのなら、古臭いことをやり続けることにも意味があるんじゃないか、とも思います。銅版画は工程がとても大変なので、続けていたら再評価されるときがくるかもしれない。ただ絵のモチーフは変えていかないといけないと思っています。その過程で、今の銅版画のやり方ではダメだと思えば、銅版らしい銅版の技法を使った表現は止めてしまうかもしれません。ただ、今の段階では、版画らしくないものを無理にやろうとは思っていないし、続けていくことが正しいと思っています。

――モチーフを変えていかなければいけないとすると、具体的には?

私の中で「ブルーシート」が大きくなっています。ブルーシートというモチーフを使って版画とは関係ない立体を作るのか、版画にある複数性を取り入れた立体を作るのか。今のところ、ブルーシートを立体にしたいと考えています。そうなると、版画とは離れていくのかもしれません。紙の銅版画はずっと続けて行きたいのですが、少し違った技法や形をとってみたい思いもあります。

――では最後に、これまでと同じ銅版画の技法を使った場合、今後制作してみたいものはありますか?

私はもともと、銅版を9枚組み合わせて一枚の絵を作るなど、日本国内にいまあるなかでも最大のプレス機を使い、大型の作品に挑戦してきました。いまのところは、いま以上にサイズを大きくすることは求めていません。本音を言えば、今はこういうのを作りたいという以上に、自分という生き物を整理整頓する時期にきている、という思いが強いです。これまでは自分の中からモチーフを出して自分のことを描いてきましたが、そろそろ卒業したいと思っています。これまでの作品を好きだと言ってくださる方は多いのですが、私自身は昔とは変わってしまったので、自分がいま描けるものに取り組めばいいのかな、と。
具体的には、版画は印刷物ともいえるので、絵本を作ってみたいと思っています。私の作品は絵柄が絵本っぽいとよく言われます。いまの絵柄でただ本を作っても面白くないかもしれませんが、例えば文章を何も入れず、版画だけで絵本が作れるなら、やってみようかと思っています。
版画における複数性ってなんだろうと、このところずっと考えています。散歩をしていてふと葉っぱや花を見て、「これも版画かも?」と思うことがあります。じゃあそれをどう表現するのか。ただ版に押し込めても面白くないので、あれこれ考えています。その答えが見えたら、次のステップに行けるのかもしれません。

2022年6月17日 村上早アトリエにて

聞き手・構成・編集:大澤紗蓉子(横浜美術館 学芸員)
書き起こし・編集:井上みゆき
撮影:橋本裕貴

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