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居心地の良い美術館ってどんなところ? その答えは新しい横浜美術館でみつかります、きっと!――vol.1 施設担当 坂口周平

2023年度中のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。この機会にさらなる魅力アップを図ろうと意気込む美術館のスタッフは、お休みのあいだも忙しく働いているようです。でも、いったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフとはどんな人で、どんな仕事をしている人?
そんな素朴なギモンに、日ごろ表に出ることのない美術館のひとびとがお答えします!

日常業務の延長で、アーティストの制作に関わることも

――施設担当ってどんな仕事? 美術館ならではの面白さとは?

簡単に言うと、施設の環境を総合的に管理し、館内を常にフラットな状態に維持することが仕事です。美術館の場合、とくに重要なのが空調管理。美術作品は急激な温湿度変化に弱いですからね。展示室などは条件によりますが、温度22度/湿度55%の環境を24時間/365日キープすることが基本です。これを実現しつつ、お客さまに安心・安全・快適に美術館を楽しんでいただくために、清掃や警備、技術など各スタッフの協力を得ながら施設の管理を行なっています。加えて、新型コロナウイルス感染症の影響で休館し、再開館した2020年7月以降は、施設内の安全確保、感染症対策なども行いました。

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また、美術館の規模や運営状況によっても異なると思いますが、横浜美術館の場合は作品展示に関する「よろず相談所」的な役割も担っています。現代美術の中には特殊な形状や大きさの作品が少なくないので、展示に際して頭を悩ませることが少なくありません。電圧や床の耐荷重、消防法令、さらに建物への影響や安全性を確認することも必要なので、事前に担当部署から相談を受けることがあります。
たとえば、昨年の「ヨコハマトリエンナーレ2020」で展示したイヴァナ・フランケ《予期せぬ共鳴》。美術館のファサードをうすいメッシュ生地で覆うインスタレーション作品でした。

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イヴァナ・フランケ《予期せぬ共鳴》2020 
撮影:加藤健 ©Ivana FRANKE ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景 写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

建物にダメージを与えないよう作品を展開し、かつ屋外の公共空間に対して安全を担保するにはどうしたらいいか。施設管理の立場からアーティストや施工者との打ち合わせにも参加し、担当の学芸員と具体的な展示方法を検討。設置方法やレギュレーションを詰めていきました。会期は7〜10月の約3カ月間。日本は台風シーズンなので、万一の場合に備えて、撤去と再設置が容易であることも必要条件となります。初めに聞いた時は「面白そうだな」と思いましたが、乗り越えなければいけない課題が山ほどあり、実施までは苦労の連続。会期中は常に天気予報を確認したり、朝早く出勤して展示状態を確認するなど、気の休まる暇がありませんでしたが、後から振り返るととても素晴らしい経験だったと思っています。

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延べ5日間・トラック約200台による引越し大作戦!

――休館に入ってからは、どんな仕事をしているの?

まず、仮拠点であるPLOT 48への引越しという大事業を成し遂げました!
改修工事に際しては、建物を竣工当時の状態、つまり「空っぽ」にして工事業者に引き渡すことが必要です。コレクション作品や図書室の蔵書の引越しは担当部署が行いますが、それ以外のすべて、事務機器やインフォメーションカウンター、ショップの什器、アトリエで使用していた制作機材などは私たちの担当になります。いうなれば開館以来30年以上かけて蓄積してきたすべてを搬出するわけですから、その大変さは想像を絶するものがありました(笑)。それほどの大荷物なのに、移転先のPLOT 48では美術館の休館中もワークショップなどの講座を継続するため、事務所と倉庫以外に活動スペースも確保しなければなりません。数年かけてさまざまな計算と検討を重ねた上で、7月と9月後半の計5日間をかけて、4トントラック約200台分の荷物をPLOT 48へ運びました。

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新しい横浜美術館の「顔」を作るプロジェクトも始動!

――引越しが一段落して、次に取り組んでいることは?

改修工事も担当なので工事に関わる調整業務が多々ありますが、それ以外に「今しかできないプロジェクト」も担当しています。
改修工事が終わった時点では、美術館は「空っぽ」の状態です。ここにイスやテーブル、カウンターなど、お客さまをお迎えするための「しつらえ」を整えていくのは私たちの仕事なので、その準備を進めています。実際の作業は建築家やデザイナーに依頼しますが、発注する際には横浜美術館の基本コンセプトを伝えることが必要ですよね。なので、まずはコンセプトワークを行なっています。
もちろん、横浜美術館には「みる・つくる・まなぶ」という開館以来の理念があり、それは今後も変わりません。ただ、開館から30年以上が経過した現在、世の中のニーズや価値観は変化しており、横浜美術館に求められるものも当初とは変わってきているはずです。そこで、この機会に「リニューアル後の横浜美術館はどうあるべきか」という基本的な考えをどのようにインテリアやサインに反映し、コミュニケーションデザインを作っていくかを検討したい。そんな思いから今年の4月、蔵屋館長を座長に館内横断メンバーによる「デザインプロジェクト」を立ち上げました。
さまざまな検討を行う中で、特に注力しているのが、美術館のエントランスであるグランドギャラリーです。

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グランドギャラリー 撮影:笠木靖之

今回の改修工事は電気や空調など設備更新がメインなので、見た目はほとんど変わらないことが想定されます。とはいえ、2年以上もお休みをいただくのですから、リニューアルオープンの際には「新しくなったね」というワクワク感をお客さまに感じていただきたい。そのためには横浜美術館の「顔」ともいえるグランドギャラリーや外の回廊のあり方を再考することが必要であり、それは横浜美術館のビジョンを可視化するためにも重要なことです。
プロジェクトメンバーとは数ヵ月にわたってディスカッションやワークショップを重ねてきましたが、先日は、引渡し直前の空っぽの美術館で実証実験を行いました。

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テーマは「横浜美術館の『推しスポット』をプロデュースしよう!」。
グランドギャラリーを中心に、各自が推したいスポットを選び、過ごし方や価値観の提案を考え、マスキングテープを使ってそのイメージを表現し、発表する。最後は、開館中は飲食禁止だったこのエリアでランチをとり、空間を五感で体験してみました。これまでのワークショップで自由に広がったみんなのアイデアを実地検証してみたわけです。今後はさらにディスカッションを重ねてコンセプトを作り、それをカタチにしていける建築家やデザイナーを選び、一緒に作り上げていくことが、私たちの仕事になります。広々としたグランドギャラリーなどを、より居心地の良い空間にするプランを検討しているので、楽しみにしていてください。

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美術館スタッフの働き方改革にもチャレンジ!?

――改修工事ではスタッフの仕事環境も変わる?

30年の間には組織変更やスタッフ増員などがあり、またIT環境も大きく変わりました。けれど事務所の空間は開館当時のままなので、オフィス環境はお世辞にも良いとはいえない状況でしたからね(笑)。いったん「空っぽ」になったので、これは事務所をイチから作るチャンスです。美術館は、来館されるお客さまのクリエイティビティを刺激する場所ですから、そこで働く人たちの環境もクリエイティブであるべきだと思っています。スペースを拡張することはできませんが、配置計画を見直し、一人ひとりが自分の働き方を考えることで、クリエイティブで働きやすい環境を作り出すことはできるはずです。施設担当の仕事は幅が広く、美術館内のITインフラも担当しているので、同じ発想からDXプロジェクトも推進しています。いずれもまだ構想段階ですが、施設担当としてできることから提案していきたいですね。

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坂口 周平(さかぐち・しゅうへい)
九州のとある港町生まれ。都内の大学を卒業後、建物管理業を営む企業に入社。都内美術館2館の施設管理経験を経て、横浜市芸術文化振興財団へ。以来、横浜美術館の施設管理とIT・インフラを担当。現在は、大規模改修・移転を含むリニューアルに向けた業務も行う。

<わたしの仕事のおとも>

気分をリセットできるので、シュワッとする飲み物が好きです。でも甘いのは苦手なので、ニュートラルな炭酸水を常に持ち歩いています。

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<わたしの推し!横浜美術館コレクション>

ウラジーミル・タトリン《コーナー・反レリーフ》1915年(1979年再制作)