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複製ありきの本物?一人称複数の世界を描く浦川大志(NAP Wall出展作家)のアトリエ訪問――学芸員 南島興

現在、横浜美術館前の工事用仮囲いでは「New Artist Picks: Wall Project (NAP Wall)浦川大志」が開催中です。本企画では、当館の若手作家支援事業の一環で、毎年若手作家を選出して、館内で個展を開催してきました。休館中につき館内での展示ができないこの期間は、その特別編として仮囲いを舞台に展開しています。出展作家は浦川大志(1994年-)さんで、本展のタイトルは「掲示:智能手机(スマートフォン)ヨリ横浜仮囲之図」です。展示物は5点組からなる全新作(プリント版)で、横浜の名所や歴史をもとに描かれています。プリント版と記したように本展で展示されているのは、浦川さんが描いたオリジナルの絵画を、拡大プリントしたシートです。今回はそのオリジナルである絵画を拝見するために、福岡にある浦川さんのアトリエを訪ねました。
 
浦川さんは福岡県生まれ。制作発表の場所は多岐に渡りますが、現在でも福岡市からほど近い場所にお住まいです。

アトリエ風景

自宅は閑静な住宅街にある一軒家で、その一室をアトリエとして使用されています。写真中央に映っているのがオリジナルの作品です。展示物のサイズは5枚合わせると全長50mを超える大きさですが、オリジナルの方も一点につき縦70cm×横350cmほどで、絵画としてはかなりの大きさです。1点ずつを横に並べて、それぞれ拝見していきました。

《中華風》2022年、パネルに綿布、アクリル・ジェッソ

実際にオリジナルを見て気づいたことは、作品の印象としては展示物との差がほとんどないことでした。もちろん絵画とプリントは別物なので完全再現は難しいのですが、作品の全体の色味や描写の密度などは展示物とそう大きく異なるものではありませんでした。浦川さんの話を伺うと、絵を描く段階からあらかじめ拡大プリントシートでの野外での展示を見越して、その際にネックとなるだろう様々な条件、例えばプリントすることで影響を受けやすい色調や細かい描写に留意して制作されていたことが分かりました。

しかし不思議な感覚もありました。いま仮囲いで展示されている作品はいわばコピーなのですが、それを見たあとにオリジナルであるはずの絵画を見ると、むしろ絵画の方が展示物のコピーであるかのように思えてくるのです。これはコピーに慣れ親しんだせいで、オリジナルの方が嘘っぽく見えてくる、という話ではありません。それではただの勘違いになってしまいます。本作から感じられるのは、何点にも複製できて、かついくらでも拡大できてしまうコピー性を、あらかじめ備えることでもともとの絵画が作られているという、一見して矛盾したオリジナルのあり方なのです。

このオリジナルの絵画の変わった立ち位置は、浦川さんの作品がそもそも手描きにもかかわらず、描画用のペイントツールでの描画を模倣するかのように作られている奇妙さとも重なるものかもしれません。ソフトウェア上で量産することのできる、ある意味では陳腐で無限に反復することのできる表現を使って、唯一のオリジナルの絵画を作ってしまうという行為。浦川さんのこうした制作プロセスのなかで生み出される作品の印象は、はじめからコピー性を内側に秘めた、今回の絵画を見た時に得られるものに通じるところがあります。だから、私にはそれ自体としては展示されることのない、けれどオリジナルとして作られた絵画のあり方が、浦川さんのこれまでの絵画全体を特徴づけるひとつの作風かもしれないと思えてきました。

本展に関連したトークイベント「イメージと制作について」で、浦川さんが今後の制作のキーワードとして「一人称複数」をあげていました。私でありながら、私たちでもある、というこれもまた奇妙な表現です。しかし、複製されることがはじめから秘められたひとつの何か、という意味で捉えるのなら、さきほどの浦川さんにとってのオリジナルの絵画で起きていることが、まさにその予兆であると捉えることができます。もっと言えば、コピーがあるからこそ、今回の絵画が作られていることを考えれば、一人称複数とは、はじめに複数である私たちがあり、そこから逆算的に私という一人称が浮かび上がってくるというイメージかもしれません。つまり、単にあらゆるイメージが複製されて、消費され尽くされてしまえばいい、という考えとは異なるということです。必ず、複製された私たちの状態から、私という一人称へと帰ってくる仕掛けが必要なのです。この一人称複数という名のもとに進む、私のあり方をめぐる探求は、おそらくはこれまでの制作におけるいくつかの奇妙さに、ある必然的な理由を与える試みになっていくのでしょう。
 
さてアトリエには浦川さんの作品だけでなく、浦川さんが所有している他作家の作品も保管されていたり、飾られていました。当館にもコレクションのある岡本信治郎の作品も数点あり、なかでも珍品?として興味深かったのが、「東京文化地図」。これは1964年の東京オリンピックにあわせて作られた都内の出版・マスコミ関連の場所をまとめたマップで、その地図を岡本が制作しています。リビングの壁にも岡本の作品が掛けられていて、ご自身の作品制作のほかにも美術を楽しまれている様子がとても印象的でした。

浦川さんお手持ちの資料類

せっかく福岡まで来たのだからと、浦川さんが過去の資料を色々と引っ張り出して見せてくださいました。中学、高校と考古学に熱中していた浦川さんが、突然に現代美術に関心を寄せることになった重要な展覧会「菊畑茂久馬回顧展 戦後/絵画」(福岡市美術館/2011年)の図録や高校時代に読んでいた「みづゑ」の複写など。同世代の作家と比べた際に、とりわけ戦後の日本美術への関心が格段に高いことの理由がよく分かりました。

「掲示:智能手机ヨリ横浜仮囲之図」展は、2023年7月末まで開催中です。タイトルの智能手机は中国語でスマートフォンの意味で、作品をスマートフォン越しにも見てみてくださいというメッセージが込められています。また絵の中にはプリントの上から、浦川さん本人が直接加筆した部分もあります。ぜひ、ご自身の目とスマートフォンの目を使って、オリジナルとコピーが幾重にも重なりあった作品を見てみてください。
(文・横浜美術館学芸員 南島興)