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みて、つくって、まなんで。市民のアトリエはアートとつながる場所。――vol.9 市民のアトリエ エデュケーター 森未祈(左) / 北川裕介(右)

2023年度のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。美術館のスタッフはお休みのあいだも忙しく働いているようですが、彼らはいったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフってどんな人?

そんな素朴なギモンにお答えするシリーズ第9弾は「市民のアトリエ」のエデュケーターが登場。休館中は拠点となるアトリエが使えませんが、市民のアトリエは「PLOT 48」に拠点を移してプログラムを実施しています。さらに、美術館を飛び出してみなさんの街にアート体験をお届けする活動も行っているんです!

創作体験や鑑賞プログラムを企画・実施


――「市民のアトリエ」ってどんなところ?


森:市民のアトリエは、主に12歳以上を対象とした創作の場です。デッサン・油絵・日本画などの作品制作に適した「平面室」、陶芸・彫塑ちょうそをはじめ立体制作のための設備がそろう「立体室」、銅版画・リトグラフ・シルクスクリーン・木版画などを本格的に制作することができる「版画室」の3室からなり、創作体験プログラムや鑑賞プログラムを実施しています。

また、オープンスタジオとして参加者が自由に制作に取り組める時間もあり、10代〜80代、外国人や障がいのある方など幅広い方々にご利用いただいてきました。横浜美術館3階の目立たない場所にあるため、気付かれにくい存在ですが、横浜市にお住まいの方に限らずどなたでもご利用いただける開かれたスペースです。

――なぜ、この仕事に?

北川:私は美大の油画科出身なのですが、在学中に「面白い作品はいっぱいあるのだから、自分で創作しなくてもいいじゃん」と気付いてしまったんです(笑)。面白い作品に出会って、新しい視野を獲得してゆく過程に直にアプローチできるのが教育普及だと思い、この仕事を選びました。

森:私も学生時代は美術作品をつくるコースで勉強していましたが、その頃からアートプロジェクトのボランティアやインターンを始めて、「この仕事、面白い!」と思うようになったんです。作品がうまれる現場に立ち会い、美術と人をつなぎたいと思い、この仕事に就きました。

休館中ならではの活動にも挑戦中


――休館中は何をしているの?

森: PLOT 48(仮事務所)にあるスタジオで、ワークショップなどを企画・実施しています。専門的な設備はありませんが、逆に、今だからこそできる面白いことはないか、知恵を絞っています。オンラインでワークショップを配信したり、作品鑑賞や技法紹介の映像を制作したり、いろいろ試しているところです。

北川:美術館から出てアート体験をお届けする活動は、休館中も変わらず取り組んでいます。たとえば、横浜市芸術文化教育プラットフォーム事業の一環として実施する学校プログラムは、アーティストと一緒に市内の中学校を訪れ、授業を行います。アーティストの表現に直に触れることで創造的な考え方ができるようになり、多様な作品から多様な考え方を持つ人がいることを学んでもらえたら、と思っています。
先日は、現代美術家・千葉大二郎(硬軟)さんを招いてライブパフォーマンスを披露していただき、自身の活動や表現することの意義についてお話しいただきました。発端は「異質なもの、授業でできなかったことに触れてほしい」という先生のリクエストです。そこから「生徒たちが持っている『美術』のイメージとは異なる作家と出会わせたい」と考え、千葉さんに依頼し、実現しました。

森:現代美術家・松田修さんに依頼した授業では、事前に『中学3年生のお金ドリル』という冊子を制作し、生徒に配布しました。これは、松田さんの「中学生が一番興味のあるモノと言えば、お金では?」という発想からスタートしたもので、生徒の皆さんには事前課題としてお金に関する16の問題からなるドリルに取り組んでもらいました。授業当日は、松田さんが答えを出しにくい「価値」についての質問を投げかける→生徒たちが○か×を選択して体育館内で移動する→○あるいは×を選んだことの理由や意見を聞く、という流れでした。

――それって、美術の授業?

森:一見するとそうは思えないかもしれませんが、美術の授業です。先生からは、生徒が自己表現する力を伸ばしたいと話がありました。お金を出発点として「価値」について考えを巡らせ、現時点の自分の答えを選択することは自己表現の第一歩。当日発表した生徒は、自分の言葉でしっかりと意見を表明していて頼もしかったです。松田さんがドリルの中で書いているとおり、なぜそう思ったのかを考え、言葉にしていくことは、まさに表現だと思います。

北川:アーティストに授業を依頼すると、はじめは戸惑われますが、考えたあとで「やってみたい」と言ってくださる方が多いですね。松田さんも大勢の中学生を前に話をするのは初めてだったので、生徒たちと同じくらい衝撃的な体験になったようです。

森:大学と連携して、高齢者施設でワークショップを実施したこともあります。たとえば2019年には、学生がアニメーション作家・川口恵里さんと一緒に施設を訪れ、食にまつわる思い出を絵にする「私史上ベストヒット食卓メドレー」という活動を行いました。世代を超えた温かい対話が生まれたことが印象的です。

新しい市民のアトリエを構想


――この仕事の面白さとは?

森:アーティストや作品に出会うと、自分の中で新しい扉が開き、何かが芽生える感覚があります。プログラムを企画・運営することで人とアートをつなぎ、それぞれの人の中に新しい気づきが生まれることを後押しできたらいいな、と思っています。

北川:実は、自分は美術マニアではなく、どちらかというと「美術って、訳わかんない」というタイプなんです。でも、わからないことだから興味が続くし、もっと知りたいと思う。きっと、一生続けられる仕事だと思っています。

――リニューアルオープン後は何か変わる?

北川:冒頭でご説明しましたが、市民のアトリエは創作する場所として非常に充実しています。ただ、美術館に求められるものが時代とともに変わってきているなか、市民のアトリエが何をする場所なのか改めて考えるべきだと思っています。美術館の中にものをつくる場所があることの意味について、自覚的になる必要があるのかなと。
先日、アーティストの川内理香子さんと実施したワークショップは、描く技術を学ぶのではなく、「ドローイングとは何だろう?」と考えながら手を動かすことをしました。言うなれば「ものをつくることによって、どういう感覚が開くか」を試すようなプログラムです。
市民のアトリエは「<つくる>ことにより美術を考える」を命題としています。この「美術を考える」部分が重要だと個人的には思っています。ものづくりができる場としてだけではなく、考える場としての可能性を探っていきたいですね。

森:これまでの活動をベースにしつつ、いろいろトライアル中です。新しい市民のアトリエを楽しみにしていてください。

森 未祈(もり・みねく)
茨城県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業後、2007年から横浜市民ギャラリーあざみ野、2014年から横浜市民ギャラリーで学芸員として展覧会やワークショップを企画運営。企画した展覧会に2010年「赤瀬川原平写真展 散歩の収獲」、2014年「Listen to the Daxophone」など。2018年からは横浜美術館教育普及グループで、エデュケーターとしてアトリエや市民協働のプログラムに携わっている。

北川 裕介(きたがわ・ゆうすけ)
横浜、長崎育ち。多摩美術大学油画科を卒業後、2016年より川崎市岡本太郎美術館の教育普及担当として、学校団体の受入れやイベントの企画、「TARO賞」展等を担当。2019年より横浜美術館の教育プロジェクトチームのエデュケーターとしてボランティアの統括や、様々な方を対象にした鑑賞プログラム行う。市民のアトリエの版画室の担当になったのは2022年から。
※2023年3月まで担当

<わたしの仕事のおとも>

(森)机上の小物たち
一緒に仕事をしたアーティストの思い出が詰まったものです。例えば、ドイツのヴッパタール動物園で購入したミーアキャットのフィギュアは、音楽家・デザイナーのハンス・ライヒェルがミーアキャット好きだったことに因みます。日干しレンガは、京都府で発表されたサウンドアーティスト・鈴木昭男さんの《日向ぼっこの空間》の一部で、現在はなくなってしまった空間の思い出でもあります。作品に出会ったり、一緒に仕事をしたりしてドキドキ・わくわくした気持ちをわすれないように、仕事机の上に飾っています。

(北川)iPad
論文や資料など、読まなければならない文章がたくさんあるので、全部これに入れています。知り合った作家、興味を惹かれたアーティストの情報も大量にストックされていているので、私の仕事に欠かせないアイテムです。

<わたしの推し!横浜美術館コレクション>


(森)ルネ・マグリット《王様の美術館》1966年

ルネ・マグリット《王様の美術館》1966年
油彩、カンヴァス /h 130.0 × w 89.0 cm
横浜美術館蔵

2020年、この作品から創作した物語を募集する「《王様の美術館》からつむぐ物語」というプログラムを実施しました。予想を遙かに上回る1,000件以上の応募があり、すべてを読むのが大変で「嬉しい悲鳴とはこのことか!」と感じました。審査員が応募作から3作品を選び、森山未來さんに朗読していただいて映像にしました。本当に思い出深い作品です。

(北川)百瀬文《聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと》2013年

百瀬 文《聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと》2013年
シングルチャンネル・ビデオ、25分30秒/サイズ可変
横浜美術館蔵

作者の百瀬さんと、耳のきこえない木下さんによる対談の映像なのですが、鑑賞者も巻き込むような形でコミュニケーションのズレを表現している作品と言えます。このような現代美術の作品が所蔵品にあると、教育普及のプログラムの幅も広がる感じがしてわくわくします。


vol.1 「施設担当 坂口周平編」、vol.2「コーディネーター 庄司尚子編」、vol.3「鑑賞教育エデュケーター 古藤陽編」、vol.4「学芸員 大澤紗蓉子編」、vol.5「エデュケーター 園田泰士編」、vol.6「渉外担当 襟川文恵編」、vol.7「司書 長谷川菜穂編」、vol.8「国際グループ 里見有祐編」もぜひご覧ください!


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